騒音問題。最近の「困り事」を決着した話。

日々のこと

こんにちは。
心理カウンセラーのリエコです。

今日は、最近の困り事についてのお話です。

それは騒音問題。

今の部屋に暮らして1年ちょっとなのですが、たまに下階から音楽が聞こえてくることがあって。

毎日じゃないんです。
でも、聞こえてくる日は夜中の3時近くまで止まりません。

ロック系のベース音と、
英語の低音男性の単調な話し声(ニュースみたいな)。。
そんな音です。

集合住宅に暮らす以上は、ある程度は仕方がないと思っていたの。
私の耳がよすぎるのかもしれないし。。
でも、先日「もう限界だな」って思う日があり、管理会社に連絡をしたんです。

管理会社:
どんな音ですか?

リエコ:
普通の時より、横になった時の方が、音が大きく聞こえます。
壁伝いに振動が音を伝えてくる感じ。
男性の低音の声や、音楽のベース音。
床をトントンすると、ボリュームが下がります。

管理会社:
あぁ、状況よくわかります。
この建物は鉄筋なので、振動を上方に伝えやすい構造なんです。
壁か天井にスピーカーをつけている場合、そういう伝わり方はあると思います。
それはお辛いですね。。

リエコ:
悪気があってのことじゃないと思うし、先方にも生活があると思って、1年くらい我慢したんです。
でも、音で目覚めちゃう時があって。。
夜中0時までは我慢しますから、0以降は配慮していただけるよう伝えていただけませんか?

管理会社:
集合住宅なので、ご連絡する場合は10時以降の配慮をお願いすることになります。
立場的にあまり強いお願いはできませんが、ご意向をお伝えしますね。

そんなやりとりがあって、
その後、管理会社から報告があり「申し訳なかった、とおっしゃっています」と連絡がありました。

それが1月末の金曜日のこと。

そして1週間たった現在。
改善どころか、残念なことに状況は悪化しててですね。。

毎日じゃなかった音楽鑑賞が連日となり、
土曜日の昨日は、午前中に始まって夜中の3時半まで。
夜中の3時半まで、ノンストップですよ。。
しかも音量の配慮はほぼナシです。

なにこれ、逆切れ?

以前よりも状況がよくないことは、明らかで。
床をトントンしても、音量は小さくなりません。

私も耳栓して寝ちゃえばいいのですが、
丸一日我慢した昨夜はさすがにはらわたが煮えくり返って(って言い方古いね)
どんどんどんどん目が冴えてきちゃうのです。

思い余って、わざわざコート羽織って先方の扉の前までいってみたりして。
でもピンポンする勇気はなくて、
扉の外まで漏れている音を確認して
「あぁ、やっぱりこの部屋だった!!」と扉をにらみつける、みたいな。。

だって、通報したあと「もし違う部屋の音だったらどうしよう‥」って心配してたんです。
あー、悩んで損した!
私の思いやりを返せー!
明日もういちど管理会社に電話するっ!!!
‥と真夜中に怒りが止まりません。がるるるる

目が冴えちゃって眠れないのでYouTubeを観ながらだらだらしていたら、
夜中の3時半、パタっと下階の音が止まって。
静寂が戻って、ホッとして。
気付いたら眠っていました。

*****

今朝。
目覚めたらとっても静か。
ゆるゆるとした寝覚めの時間、
昨夜の活火山のような怒りは消え、
驚くほどフラットな私に戻っていました。

さて、どうしようかな。。
脳内カウンセラーを召喚し、
「自分カウンセリング」のはじまりです。

それでしばらくアレコレ思考を巡らせて。。
最終的に私が選択した対処法は。。
まさかの「なにもしない」でした。

怒りはありますよ、もちろん!たっぷりと!!

でも、
脳内カウンセラーに諭されたわけでもなく、
最終的にその選択肢が自分的にいちばん「しっくり」ときたんです。

*****

「管理会社に連絡する!」と息巻いてる時の私って、「被害者ポジション」なんですよね。
そしてその怒りに油を注ぐのが、自分の中の観念です。

「うるさいって伝えたのに、配慮してくれない!」
「こんな夜中にこの音量、常識的にあり得ない!」

聞こえてくる音に対して「受け身」の状態だから追い詰められるし、
自分の中にある「こうあるべき」の概念が怒りをさらに助長して、感情のぐるぐるの中にすっぽり包まれちゃうんです。

でも、眠りから覚めてソコに気づけたことで少し余裕ができたみたいで。

被害者ポジションから抜け出して、
この状況を「主体的」に眺められるようになり、
具体的に「私はどうしたい?」にもとづく選択肢を得ることができました。

ざっくり言うと、私の選択肢はこの2択。
「私がここを出ていく」か「相手に配慮してもらうか」。

でも、私はこの部屋がとても気に入ってるから、「出ていく」という選択肢はありません。

かたや「相手に配慮してもらう」は、相手側の問題。
配慮をお願いすることはできても、もしも先方が”意図的に”音を出しているのだとしたら、これ以上何を伝えても無駄だよなぁって思ったんです。

安全性の面でも‥
クレーム後にさらに音を出すって、たぶん私とは常識が違う人。
相手がどんな人かわからないって怖いから。。

そしたら「なにもしない」って結論に辿り着きました。

*****

一見泣き寝入りにもみえますね。
状況は「被害者ポジションでヤキモキしている時」とまったく変わらないわけですし。

でも、私は不思議とスッキリしたんですよね。
それはきっと、自分が主体的に決めたことだから。

この選択肢で、私は「大切にしたい事」は守れるし、
そう決めたなら、その対処ができます。

「お気に入りの部屋に住む」という私にとって大切なことを守り、
それまで「怒り」に向けてきた意識を「自分が心地よくなること」に向けられる。
自分を不快感から拾い上げることができるのです。

また騒音について、こんな状態ずっとは続かないでしょう‥という目論見もあります。
だって、もともと先方はこんな風に音楽を聴く人じゃないのですから。

私にできることは全てやって、あとはサレンダー。
状況にお任せです。

*****

もちろん、だからといって「感情に蓋」はしません。
相手の方には、大きな「恨」の念を送り続けることになると思いますわ。コワ!

でも今回、自分の感情や感覚の現れ方に変化を感じたというか。

それも騒音騒動が気づかせてくれたギフトかなぁなんて思えて、
ちょっと大目に見てやるかって気になったというのもあります。

私は長い間、ネガティブな感情に蓋をして生きてきました。

特に「怒り」の感情。
”ポジティブな思考に転換”して封じたり、蓋して”なかったこと”にしたりして、できるだけ感じないようにしてきたんです。
無意識にね。

だから、数年前よりだいぶましにはなったけど、
いざ「怒ってもOK」な場面がきてもスムーズに悪態をつけないし、
「気持ちを言ってごらん」と聞いてくれる人がいても、感情を言葉にするのにちょっと時間がかかったり。
大きな感情ほど抑圧も大きいから、今でも上手に扱えるとは言えません。

そんな私が”怒りに震える”というのは、ワタシ的には大事件で。

昨夜は火山がドーンと真上に溶岩を放つような怒りが噴火して、
おおおぉ!って我ながら驚いて、
同時に、おおおっ!って嬉しくもあったんです。

だってそれは「本来の自分とのつながりが強くなった証」だし、
「感情に蓋をしなくても、ちゃんと受け止められる」という自己信頼のあらわれですもんね。
無意識の話だけど。

真夜中にひとしきり怒りを放出して、
朝には「主体的な選択」でスカッとひと区切りできて、
なんだか気持ち的にとーってもスッキリして、
そしてホッとしたのでした。

*****

‥と。昨日から今朝にかけて全力で騒音と向き合ったのですが、
今日は階下から少しも音がしてきません。あれ?

そして、久々の静寂です。
静寂にも音があるんだなぁ。
リズムじゃない、自然界の音。
ホッとします。

もしかしたら、音がしてないからこんなに冷静に決着できたのかもな。
また「怒!」となったら・・まぁその時に考えよう。。

そんな週末のお話でした。

心理カウンセラー リエコ

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